今月の花

 
サガリバナ科  
 タイ語の仏伝に出てくる樹である。
インド菩提樹の下で悟りを得た仏陀は さらに次々と6本の樹下で悟りを深められる。
ある時 チク樹の下に座っておられた時 雨が降ってきた。豪雨となり 出水になっても 釈尊は樹下で座禅したままであった。その時、地下からナ−ガ蛇があらわれ、大きなとぐろを巻いて その上に釈尊をお載せすると、七頭を釈尊の頭上に開いて 豪雨から守った。この図像は「ナ−ガに守られた仏陀」像として、7世紀頃のチャオプラヤ−河畔のモン遺跡からの出土品に見られる。12世紀末にあらわれたクメ−ル帝国最後の大制覇王・ジャヤヴァルマン7世はこの図像を好んだ。アンコ−ル・トムの中央にあるバヨン寺院を始めとして 王の建立した仏教寺院の本尊はどれも「ナ−ガに守られた仏陀」である。

チク樹って、どんな樹なのだろう。サガリバナ科ということであったが、この科の花はホウガンボクしか知らなかった。あんな大きな花が咲くのだろうか。なぜ花の話が縁起に出てこないのだろう。 20年ほど前になるが、説教節の研究をして東部海岸の村を歩いていたころ、チャンタブリ−もトラ−トに近いクルン郡の内湾にチクという名の島があると聞いた。苦労してそこへ行って見たが、チクの樹は見られなかった。



 チク樹の花は、壁画に描かれたものを見たのが最初である。
ペッブリ−のコ・キャオ寺の17世紀の壁画に、チク樹の下で座禅を組む「ナ−ガ上の仏陀」が描かれていた。花はと近づいて見れば、紐のようなものがぶるさがっているばかり。そのハオリヒモのようなものを、実際に見たのは、カンチャナブリ−のクウェ−・ノ−イ河の上流である。流れの早い清流の岸辺のこんもりとした茂みにえんじの紐がぶつぶつとした玉をつけて、ぶるさがっている。赤まんまの花の色を濃くしたような花という印象であった。コ・キャオ寺の絵には似ているが、あまり興味は引かれなかった。そのまま、チク樹のことは忘れて、10年は経ったろうか。

9月の初めに「バンコクの運河を巡って 壁画を鑑る旅」を行った。ツァ−・ガ−ルのチャイが雇った船は旅の表題に相応しく、リヴァ−・シティの波止場からチャオプラヤ−河をさかのぼると、バンコク・ヤイは通り過ぎ、モン運河からチャク・プラ運河に入ったここらは護岸工事もまだ「植物に優しく」、自生の植生が楽しめる地域である。そこでチク樹を見つけたのである。それも1本ではない。船のへさきに座っていると、河の曲がりのそこここにチク樹が生えている。羽織紐は柔らかく膨らんで、今にも花開きそうである。 紐だけではないのだ。家へ帰って、図鑑を開けてみたが、チク樹と言えば、どれも羽織紐しかぶるさがっていない。あの花が開くのは、あと2日か。無理してひまを作り 折よく日本から遊びに来ていた友人を誘って、河遊びに出た。チクの花探しの河遊びである。その結果はじょうじょう。羽織紐も見つけたし、ぶつぶつが膨らむ様も見れた。船頭は「食べられない」と言ったが、リンゴのような実もなっていた。花は、ついに見た幻のチクの花は、リリヤン糸のような薄桃色の雌しべ雄しべを垂らして、緑陰に震えていた。

 淡水の水辺、汽水の海辺の両方に生える樹チクは、雨季末に美しい花を咲かせる。
一年に一度の花である。その花を 20年かけてやっと見ることが出来て 嬉しい。 船頭は「役にたたない樹だ」と言ったが それでは何百年も 千年も許容されてきたはずはない。チク樹の有用性というか、タイ人の暮らしとどのように交わってきたか、その接点を見て、チク樹の顔をもっとよく知りたいと思う。
 
レヌカ−・M




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