花みょうが  
東北タイの乾季は長い。
 10月から5月初まで、まったく雨の降らない6か月あまりは酷い日照りが続く。大気は燃え、樹も草もからからに乾いて、ひび割れした大地に、人は身も心も渇き切ってしまうのだ。雨季は、雪国の春にも似て、遠く待ち遠しい。

 5月も半ばになれば、東北タイ高原にも雨が来る。

 そして6月の声を聞く頃となると、気になってくる。

「今年はもう咲いたかしら。チャイヤプ−ムのカチャオの花は・・・」

 瞼に浮かぶのは、どこまでも続く岩盤とテン樹の林。その樹下に咲く紅のカチャウの花絨毯。今年も見られるだろうか。朝早く着いて、朝靄の中で夢幻の世界に遊びたい。東北タイ高原は、例えて見れば大きな西洋皿。カチャオの花が咲くチャイヤプ−ム県テ−プサティット郡は、その皿の縁にあたる。一歩誤れば300メ−トル下の中部平原に落ちてしまうという縁には、砂岩のケスタ地形に浸食された石灰岩のコンビネ−ションが、「この世の果て」の様な奇景を作りだしている。

 テン樹の林はその奇景のすぐ手前に広がっている。フタバガキ科の樹の中でも特に乾燥に強いテン樹の細い幹と曲がった樹姿は、高原の過酷な土壌条件と長い乾季を証言するようだ。砂岩の上に浅くたまった砂質土壌には、こんな樹しか育たない。その貧しい土壌が雨に潤う雨季の始め、テンの樹下には紅のカチャオの花が一面に広がるのだ。
 
 カチャオの花を花みょうがと呼んでみたけれど、あまり自信はない。日本の山野に自生するというハナミョウガの花は知らないが、ミョウガという名にはショウガ科の花茎の長い花という感じがあるので、そう呼んでいるだけのことだ。ショウガ科でも、Curcuma属にはウコンの類も入っている。マクファ−ランドのタイ語辞典でカチャオと引いたら、Curcuma domesticaと出た。これはウコンである。カレ−粉の成分として栽培されていて 19世紀のインドシナに入ってきた博物学者たちも経済的有用植物として紹介している。やはり難しい漢名のガジュツもこの類で、根は健胃薬に使われ花も食べられるらしい。

 ド−ク・カチャオは食べられない。根も薬になるとは聞いていない。チャイヤプ−ム県のド−ク・カチョウは経済的有用植物などではなく多分 最近までまったく役立たずとふりむきもされなかった植物であろう。第一、東北高原の縁など誰も歩きはしなかったのだ、一昔前までは。それが今では、この花景色はチャイヤプ−ムという貧困県の観光花形になってしまった。

 と言っても、まだ外国人は来ない。タイ人たちだけだが、大変な数である。花景色の広がるヒンガ−ム国立公園に入る沿道には、カチャオの花株を売る店まで並んでいる。バンコクに持って帰っても、カチャオの花はしばらくは咲いている。うまく移植すれば、翌年も花を咲かす。でも、バンコクでは、カチャオの花はその魅力を十分に発揮しない。

 カチャオの花は、テン樹の林の中で咲いているのが良い。

 過酷な環境の中に再びめぐり来た潤いの雨季に微笑む野性の少女たち。

 そんな風情がこの花景色の魅力である。
レヌカ−・M




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