五月のご挨拶

 皐月も最後の週を迎える頃ですが やっとご挨拶ができる気分になりました。 蒸し暑かった4月と違って 雨の多かった5月は気温も低くて 過ごし易かったのですが何回かの嵐と豪雨で 旅のプログラムは2回も変更を余儀なくされました。それでも8日(日)には、驟雨の中で「黄色い蘭の花」を楽しみ 15日には 「バンコク王朝年代記 重臣の台頭」で アユタヤーとバンコクに遊び 17世紀にイランから渡来した回教徒の商人が仏教徒になり バンコク王朝の重臣ブンナーグ家になるまでの歴史をたどりました。ラーマ2世を助け 王の逝去後はモンクット王子を僧門にお入れして 異腹の兄を3世として擁立したのはブンナーグ兄弟の兄ディット。弟タッドも兄を助け、チャクリー家を擁護します。其の後、ディットはモンクット王子が4世に即位して チャクリー家の正しい筋がつながった当初の摂政となります


Photo: Mr. Takeshi Kitamuram


 兄弟がトンブリーに建立した二つの寺を訪ねました、2世、3世王のご趣味を反映した中華趣味の装飾は、色もモチーフも控え目で優雅でした。弟の建てたピチャイヤート寺の平屋風の布薩堂も素敵でしたが、私たちを魅したのは兄の建てたプラユラウォン寺の中華風庭園です。日本に渡来した蓬莱島とか、ベトナムの古都フエの基礎となった山水思想とか、そんなコンセプトも哲学も、まして呪術的なものも感じられませんが、丁寧に造られ、維持されてきた岩山と澄んだ池の庭園には無数の亀たちが泳いでいました。池の縁の周到な細工と泳いできた亀たちの表情に、「逃げられない池なのだ」と悟りました。




 エカマイのわが家の小さな池にも、亀がいます。6匹の小さな小さな緑亀〈赤耳亀〉を母がニ階のヴェランダで飼い始めたのは二0世紀末。6年経って 93歳の母が入院すると、亀たちは玄関脇の小さな池に移り、またたく間に3匹になりました。逃げたい奴は逃げたのです。10年経って母が逝った頃 2匹になり、今は1匹です。24歳になります。雌雄は分かりません。




 池の前で「もしもし亀よ 亀さんよ」の歌をうたうと、池底からもやもやっと泥雲が湧いて、亀が出てきて、私の手から餌を食べます。豚の赤身です。プラユラウォン寺の亀たちは脂のないソーセージ風の餌を竹棒の先に差してやるとおとなしく食べました。田舎の寺のなまずたちのようなすさまじい奪回シーンはありませんでした。

 エカマイの池の主は、亀ではありません。齢34歳くらいになろうかというプラー・レッド(瘤魚)です。かつて、二0世紀末にソムオー栽培で有名であったナコンチャイシーのおじさんの農園で1匹1バーツ、10匹で19バーツで買った最後の残りです。通常の瘤魚は銀色ですが、これはアルビノで白いのです。




 浮かんできたところを1ショット! ぎょろ眼も唇も瘤もピンクです。今年の雨季で 34歳になります。何匹もいたときには おずおずと浮かび上がり 餌を食べては沈んでいましたが 一匹になった今では 小さな池をゆうゆうと回遊しております。

                                  レヌカー・M